村の概要
[掲載開始日:]
県都那覇市から高速船で約50分、西へおよそ40kmの東シナ海に浮かぶ亜熱帯の島々『慶良間諸島』ケラマショトウ。
座間味村は、その西半分の島々からなる離島村です。透明度抜群の海と世界屈指の珊瑚礁、数々の熱帯魚にいろどられた美しい海中景観で知られ、一年を通じてダイバーが訪れます。
座間味島ザマミジマ、阿嘉島アカジマ、慶留間島ゲルマジマの3つの有人島はいずれも亜熱帯の森に覆われ、天然記念物ケラマジカが生息しています。
冬季の村海域にはザトウクジラの群れが繁殖と子育てのために訪れ、豪快なパフォーマンスを見ることができます。

概要
位置
沖縄本島泊港から西へ約40km、慶良間諸島内
面積
| 総面積 | 16.74km2 |
|---|---|
| 座間味島 | 6.71km2 |
| 阿嘉島 | 3.96km2 |
| 慶留間島 | 1.22km2 |
人口と世帯数
令和6年5月末
| 字名 | 人口(人) | 世帯数(戸) |
|---|---|---|
| 座間味島 | 603 | 379 |
| 阿嘉島 | 235 | 147 |
| 慶留間島 | 48 | 34 |
| 合計 | 886 | 560 |
就業人口
令和2年度国勢調査
| 第1次 | 9人 | 1.6% |
|---|---|---|
| 第2次 | 39人 | 6.8% |
| 第3次 | 529人 | 91.7% |
座間味村の村章

座間味のザを図案化したもので、紺と黄は島の豊かさ、円にまとまった区画と中央の横画は島の平和と限りない発展を象徴したもの。
(昭和41年5月1日制定)
座間味村の花

ケラマツツジ
交通
海路
村営船舶:座間味村役場 船舶・観光課 098-987-2614
(669トン 定員490人)
那覇⇔座間味村 90分
(196トン 定員220人)
那覇⇔座間味村 50分
(17トン)
座間味島⇔阿嘉島15分
空路
エクセル航空(株)によるヘリコプターチャーター便運航中 098-857-7563
情報通信
- 座間味村防災行政無線システム
- 携帯電話(au、NTTドコモ、ソフトバンク)
- 光ブロードバンド 2018年6月サービス開始
※座間味港、阿嘉港ターミナルにてWiFiを提供しています。
財政
令和6年度当初予算額
- 一般会計 17億2,663万4千円
- 特別会計 2億884万9千円
- 企業会計 11億5,653万円
座間味村の産業
農業
- 耕地面積 1.156アール 耕作面積 838アール
- 農家戸数 35戸
- 主要生産物 らっきょう・パパイヤ・インカのめざめ(じゃがいも)、肉用牛、肉用山羊
水産業
- 漁協組合員 42名(内準組合員29名)
- 漁船及び遊漁船数 66隻
- 漁獲高 30トン (平成22年度)
- 主要水産物 モズク
観光
- 令和5年観光入込客数 94,843人
座間味村の歴史
唐船貿易の中継地の島
住民は昔から海洋思想に富み1350年察度王が明国と朝貢関係を結んでからは、那覇を出港した進貢船、唐からの冊封船は座間味島の阿護の浦港に風待ちのために立ち寄り、本村からは多くの有能な船乗りが輩出した。番所山(ばんどころやま)の烽火台では、のろしをあげ唐船が近づいたことを那覇に知らせたが、現在の番所山には携帯電話各社のアンテナが立っている。
信仰の島
本村は、久高島とともに信仰篤いことで知られた。時代とともに失われた祭祀もあるが、集落内の拝所の多さが村民の信仰心を物語っている。
現在も旧暦に沿った神行事が毎月行われており、秋の海御願 (ウミウガン)などは、海洋民族として今なお村民が大切に受け継いでいる。
鰹漁業創業の島
明治34年(1901年)初代村長松田和三郎が鰹漁業を創設し、沖縄全土に広まった。本村産の鰹節「慶良間節」は、那覇の市場で良品の代名詞として知られたが、後継者不足により産業としての鰹漁は途絶えた。
銅鉱の島
明治初期から第二次大戦前まで屋嘉比島および久場島にて採掘されており、多くの人が従事した。今は屋嘉比島、久場島ともに、神事の際に村民が訪れるだけで、通常は上陸禁止となっている。
第二次世界大戦(沖縄戦)米軍上陸第一歩の地
沖縄戦において昭和20年3月26日米軍最初の上陸地となった。集団自決者を含む多くの村民が犠牲となり、村では5年ごとに慰霊祭を行っている。(次回は2025年の予定)